馬産地では、様々な役割の人々が目標を共有して、そこに向かっていく一体感を感じることができます。
長瀬萌々子さん
追分ファーム 勤務
総合牧場専属
1. 現在の業務内容は?
競走馬の生産と育成を行う総合牧場の勤務獣医師として、厩舎スタッフと協力しながら強い馬づくりの一貫として、繁殖牝馬や生まれたばかりの当歳馬から、現役馬の予防医療並びに治療を行っています。ケガや病気の治療だけではなく、あらゆるステージの馬を、一貫した理念の下で管理・診療することで競走馬の一生と寄り添っていける喜びを感じています。今はまだ2年目の新人獣医師ですが、客観的なデータや科学的な根拠をフィードバックさせながら、強い馬づくりに貢献したいと思っています。
2. 馬産地で働こうと思ったきっかけは?
小学生の時に読んだ本がきっかけで馬が好きになり、小学生6年生の頃から乗馬を習い始め、その頃から馬の獣医師になりたいという気持ちが芽生えました。獣医師として、多くの症例を診たいという理由で酪農学園大学に進学し、就職を決める時も飼養頭数が圧倒的に多い北海道内の企業を選びました。私は就職するまで、競馬とはあまり縁がない生活を送っていたのですが、いろいろな牧場や一次診療施設、二次診療施設で研修させていただく中で、国際的な舞台で活躍する競走馬を送り出す総合牧場に魅力を感じたのが理由です。
3. 学生時代に意識していたことは?
私は入学するときから馬の獣医師になりたいという気持ちが強かったのですが、6年間という時間の中では小動物や公務員獣医師など進路を迷うこともあり、実際そのような現場で研修させてもらったこともあります。結果的に当初の思いを貫く形にはなりましたが、視野を広げるという意味でも良い経験になりました。少しでも興味があることはどんどんやってみることをお勧めします。
4. 1日のスケジュールは?
朝は7時に出勤し、2時間の昼休みをはさんで夕方5時までの8時間勤務です。追分ファームには5人の獣医師と1人の動物看護士が勤務しておりますが、北海道外の育成牧場も含め、分場もたくさんありますので手分けをしながら、あらゆるステージの馬を診察し、治療を行い、空いた時間にカルテ入力。夕方は報告を兼ねた症例検討なども行います。
馬は季節性繁殖動物で、夜中に出産する事も多く、特に繁殖シーズンになると時間外勤務も増えますが、その分の残業代はしっかりといただけますし、例えば深夜に勤務があれば、翌日の午前中は休ませてもらうこともあります。基本的に、夜間の当番はシフト制です。
5. どのような症例や業務が多い?
繁殖牝馬、当歳馬、1歳馬、育成馬や休養馬など、あらゆるステージの馬がいますので、季節によって様々です、私は、主に1歳馬やトレーニングをしている馬を診る事が多く、そういう馬たちは放牧中の外傷や、成長期の疾病、運動器疾患などが多いのですが、繁殖シーズンは分娩前後の繁殖牝馬の緊急対応や、免疫力の弱い当歳馬の管理などを担当することも多いです。
6. 診療で気を付けていることは?
「決めつけない」という事です。厩舎スタッフからの報告は最も大事な情報ですが、先入観を持ちすぎてしまうと、その裏に隠れている重度の疾患を見逃してしまうケースも多いと先輩から聞きました。私は経験が浅いので、まずは基本的な事をしっかりとやるよう心がけています。同じ手順、同じルーティーンで馬と向き合うことで、自分一人では確定診断まで持っていくことは出来なくても、自分が感じた違和感を先輩に相談して、最適な治療方針を導き出す事が出来ると思います。どんな場面でも、視野を広く持つことというのはとても大切な事だと思っています。
7. 忘れられない症例や経験は?
宮城県にある山元トレーニングセンターで感染性関節炎と診断した馬を急遽北海道に戻して手術することになり、投薬のため一緒に馬運車に乗って宮城から北海道まで輸送したこと。その馬は手術により人が乗れる段階までは回復したものの、レース復帰は叶わず、悔しい思いが残っています。
また、下顎骨骨折で、患部の感染があり約半年間毎日洗浄した馬を担当させてもらったことがあります。その馬は、無事ハミを付けられるようになり、競走馬としてデビューすることが出来ました。
8. この仕事の魅力は?
大好きな馬と一緒に働けることも尽きると思います。馬の獣医師と言っても色々な形があると思いますが、追分ファームのような総合牧場では「馬を競馬場に送り出す、そして勝たせる」という明確な目標を全員で共有し、そこに向かっていく一体感を感じることが出来ます。馬が勝利する事は、牧場にとって何よりも大切な事、その中で、自分が治療やリハビリに関わった馬が、レースで走っている姿を見られることは獣医師として幸せな事だと思っています。
9. 都市部の獣医師と比べて特徴的なことは?
都市部に比べるとやはり不便な事もありますが、それ以上に豊かな自然環境の中で仕事ができるという事だと思います。追分ファームでは、獣医師に限らずですが、牧場の近くに住むケースが多いので通勤時間が短く、渋滞や満員電車などのストレスが無いこと。馬産地での仕事は、基本的には往診も含めて車で移動することがほとんどなので車の免許は絶対に必要で、私は大学1年生の時に取得しました。繰り返しになりますが、私にとっては大好きな馬のそばで仕事が出来る事が何よりも魅力です。
10. 牧場との連携で大切にしていることは?
厩舎で働く方々と良い関係を築くこと。これに尽きると思います。私たちは基本的に厩舎から診療の依頼を受けて馬を診に行くため、例え短い時間でも1番近くで細かく馬を見ている人とのコミュニケーションはとても大切な事だと思っています。何気ない会話の中からヒントを得ることも少なくありません。そのためには獣医師という以前に人間として信頼してもらえるようになる事は、仕事をしていく馬うえでとても大切な事だと思っています。
11. 休日の過ごし方
近くにある乗馬クラブで乗馬を楽しむ事が多いです。夏はキャンプに行ったり、山登りをしますし、冬にはスキーやスノーボードなどのウインタースポーツを楽しんだりもします。どちらかと言えばアウトドア派なので、北海道の自然を楽しんでいます。追分ファームは千歳空港まで30分程度、札幌も高速道路を使えば車で1時間程度なので交通の利便性が高いのも魅力的だと思います。
12. 馬の獣医療に興味のある学生に伝えたいことは?
獣医学部に在籍していたとしても実際、馬に触れる機会は犬や猫といった小動物や牛などに比べてあまり多くなく、また馬業界について詳しく話してくれる人は少ないと思います。情報が少ない事から、不安に思う事や、ハードルが高いと感じる人もいるかもしれませんが、ほとんどの施設が学生に対して好意的に研修を受け入れており、私が学生時代に想像していたよりもオープンな業界でした。まずは実習で雰囲気を感じ取り、自分の目で現場を見る事の大切さをお伝えしたいと思います。
13. 就職先として馬産地の診療施設を検討している学生に一言。
学生時代には大きな2次診療施設から、往診を主体とした少人数の診療所まで、様々な施設を検討していましたが、いろいろな所を見たうえで牧場という選択になりました。馬の獣医師というのは本当に少ないですが、仲間として私たちと一緒に頑張りましょう。