Voices from Veterinarians ④

先輩馬産地獣医師の声④

どんな仕事にも言えますが、現実と思い描いていたことのギャップを埋めるのがインターンシップ。積極的に参加してほしい。

中嶋彩子さん

北海道農業共済組合 日高東部家畜診療所 勤務

一次診療

1. 現在の業務内容は?

現在は、北海道農業共済組合(以下、NOSAI)の日高東部家畜診療所で牛と馬の一次診療(往診)を行っています。以前は空知地方で牛の診療などをしていたこともありますし、欧州獣医学教育認証を取得した帯広畜産大学で臨床獣医師として働いたこともあります。NOSAIは地域によって馬と牛の比率は変わってくるのですが、私が所属する東部地区は馬が中心となります。

診療車に薬品器材を乗せて往診して回る
事務所での業務もある

2. 馬産地で働こうと思ったきっかけは?

もともと動物が好きだったこともありますが、私は麻布大学の動物応用科学科から帯広畜産大学への学士編入です。麻布大学時代の酪農実習で「食べ物に携わる」「生産者に寄り添う仕事がしたい」と考えるようになったのがきっかけです。大学を卒業後、道北地方で酪農ヘルパーとして働いていた経験もありますが、授精師の方から獣医師の仕事を薦められ、一念発起で帯広畜産大学へと進みました。卒業後は牛地域で働いていましたが、大学勤務時代に大動物の麻酔を勉強したいと思うようになり、大動物の麻酔器がある馬産地を職場に選びました。

3. 学生時代に意識していたことは?

当初から大動物の獣医師を志しておりましたので、とにかく大動物に触れておきたいと思っていました。私の場合は帯広という場所にも恵まれていましたので、大学附属農場の牛の管理や、ばんえい競馬場診療所のアルバイト、エンデュランスのVET CHECKの手伝いなどをしていました。

4. 1日のスケジュールは?

結婚して、まだ小さな子供が2人おりますので、朝は5時30分頃に起床して、子供たちが保育所に持っていく弁当作りなどの準備をしながら、自分の朝食と身支度を整えたのち、子どもたちを起こして朝食を食べさせます。冬時間は保育所が8時からなので、その時間に送り届けたのちに仕事です。仕事は定時(8時30分から4時45分)で終われるような配慮をしていただいており、夕方5時30分には退所。子供は育成牧場に勤務している夫が迎えにいってくれますので、帰宅後は夫と手分けをしながら、洗濯や炊事などの家事全般をします。すべてが終わって9時30分から10時頃には就寝し、翌日に備えるという生活です。NOSAIでは産休、育休はもちろん、妊娠が分かった時点で希望すれば内勤に切り替えてもらえますし、子供が生まれたあとも小学校に入るまでは当番が免除されるなど配慮いただいております。そういった福利厚生面での充実もあって女性の比率が高いのが特徴かもしれませんが、休みも多いので働きやすい、子供を育てやすい環境だと思います。

中嶋さんの出勤日のスケジュール
若馬の聴診

5. どのような症例や業務が多い?

季節によって若干の違いはありますが、牛、馬ともに風邪や腸炎、繁殖検診のほか、馬であれば疝痛、外傷治療、ワクチン業務などが主な業務となります。そういった中で二次診療が必要な場合は連携して治療にあたることもあります。

若馬の後肢の触診
仔牛の便検査

6. 診療で気を付けていることは?

生産者の方とのコミュニケーションを大切にするのはもちろんですが、直感を大切にする、見落としがないように全体をみるように心がけています。私のように結婚して、まだ小さな子供がいても獣医師という仕事を続けていけるという事を認めてもらえるような仕事をしたいと考えています。妊娠、出産はブランクではあるかもしれませんが、仕事をする上では決してマイナスではないことを示していきたいと思っています。

7. 忘れられない症例や経験は?

多くの獣医師がそうであると思うのですが、成功体験よりも失敗した事の方が忘れられないと思います。その中で、一次診療を始めて間もない頃にサラブレッドの子宮動脈破裂の症例にあたることがありました。この症例は獣医師の技量というよりも馬自身が持っている生命力に負う部分が多いと思いますが、何とか離乳まで持ちこたえてくれ、しかもその仔がせりで高額取引されたのちJRAの重賞競走を勝つことが出来ました。忘れられない症例です。

8. この仕事の魅力は?

私は二次診療の経験もありますが、一次診療の楽しさは牧場と寄り添えるという事です。例えば診療で知り合った牧場と家族ぐるみで付き合える、というのはとても楽しいです。二次診療は花形でもあり志す方も多いと思うのですが、一次診療を経験していないと馬という動物も、牧場という人間も分からないと思います。
また、その一方でサラブレッドは経済動物という一面もありますので、時にはつらい判断を迫られることがあります。そういった場合でも、その瞬間ではなく数年後に感謝されることも少なくありません。一次診療の魅力はたくさんありますが、そういう経験が出来る事も魅力のひとつだと思います。

9. 都市部の獣医師と比べて特徴的なことは?

日高地区に限ったことではないですが、都市部に比べると田舎ですから生活は不便です。欲しいものがすぐ手に入らない(笑)。逆に言えば、人と人との距離がすごく近いのが魅力です。都市部にはない暖かさのようなものを感じます。とても、ありがたいです。

10. 牧場との連携で大切にしていることは?

「ひと言」の声掛けを大事にしています。どんなに忙しい時でもあいさつは不可欠だと思いますし、私自身が妊娠、出産を経て感じたことなのですが、診療中の動物に関しては「何かあったらすぐに連絡してください」、診療後の経過観察期間でも「その後の様子はいかがですか?」など何気ない、普通の会話を大切にしています。そういった中で得られる情報というのは治療方針を決める上でとても大切な事だと考えています。

11. 休日の過ごし方

家族で出かけたり、時には買い物だけで一日経ってしまうこともあります。また、個人的に譲り受けた乗馬の世話をしたり乗ったりしており、子供たちが馬を通して色々なことを学んでくれることにも期待しています。

家族や愛馬と過ごす休日

12. 馬の獣医療に興味のある学生に伝えたいことは?

どんな仕事でもそうだと思いますが、実際に働きだすと、働く前に思い描いていたことと違うという事を感じると思います。そのギャップを少しでも埋めるためにインターンシップを経験するという事はとても大切だと思います。それと、これは私が研修時代に指導医から言われた言葉なのですが「5年目までに動物を助けられる獣医師になりなさい。そして10年目までに牧場を儲けさせる獣医師になりなさい」と。その時はあまり意味が分からなかったのですが、経済動物を扱う上では深い言葉だと思います。

13. 就職先として馬産地の診療施設を検討している学生に一言。

実習に来た学生さんと話しをしていると馬の獣医師を志そうという方はとても少ないです。それは、小動物と異なり、実際に馬と触れ合う機会が少ないからだと思っています。学生時代にいろいろな動物に触れあって欲しいと思いますし、その中で馬という動物を、牛という動物を、そして大動物を世話している生産者という人たちを好きになってくれたら嬉しいと思います。