「様々なステージの馬たちを見ていくうちに思わぬところで惹かれるかも。研修制度も充実しています」
重政映未さん
軽種馬育成調教センター勤務
麻布大学卒 2022年採用 育成馬診療
1. 現在の所属と業務内容について教えてください。
北海道浦河町の軽種馬育成調教センター(BTC)で、臨床獣医師として働いています。私たちの診療対象はBTCで利用登録されている1歳~2歳の育成馬がほとんどですが、休養で北海道に帰ってくる現役競走馬も診ます。BTC利用馬が怪我などを発症した際に検査や治療をすることが主な仕事です。また、診療を通して得られた臨床データを基に育成馬における疾病の発生状況などの調査・研究も行っています。
2. サラブレッド生産地で働こうと思ったきっかけは何ですか?
馬の獣医師を目指したきっかけは中学生の時に始めた乗馬です。当時、私は親の仕事の関係でアメリカにいたのですが、馬が日本と比べると身近な存在でした。習い事として始めた乗馬ですが、そこで馬の魅力に取りつかれました。また、家では小動物を飼っていたのですが、ケガや病気を治してくれる獣医師の方に憧れの気持ちを抱いていたのも事実です。獣医大学に入学し、就職活動をする頃にはより多くの経験を積みたいという思いから、馬がたくさんいる北海道を中心に就職先を探していました。
3. 学生時代はどのようなことを意識して過ごしていましたか?
大学時代は小動物も大動物も診療している研究室に所属していました。学年が上がると自分の興味・関心を基に診療科を選択していくのですが、私は大動物、特に馬の診療を選びました。しかし、馬の診療に携わっていこうと思った矢先にパンデミックとなりました。大学での診療も授業もなくなり、時間を持て余していた期間は地方競馬場で開業している先生のもとで診療を手伝うアルバイトをしていました。そのときは処置の準備など簡単な事ばかりでしたが、大好きな馬の近くで働けることと、馬たちの力になれる仕事に魅力を感じながら過ごしていました。
4. 1日のスケジュールはどのようになっていますか?
午前中は9時から12時まで、昼休みをはさんで、午後は13時から17時まで診療しています。診療は往診がメインで、電話で診療依頼を受け、牧場先に出向いて治療や検査などを行います。現場で行うことが難しい処置や往診先に持っていけない検査機器が必要な場合は、馬を運んでもらい診療所で診察を行います。診療は9時から17時までですが、それ以外の時間の急患にも対応しており、調教中に事故があれば9時前から診療に出ることもありますし、夜に疝痛で呼び出されることもあります。完全週休2日制で、土曜日、日曜日、祝日は基本休みですが、当番制で休日の診療も対応しています。
5. 生産地の獣医師として、どのような症例や業務が多いですか?
診療頭数は年々増えていますが、去年(2024年)は延べ1万頭くらいでした。
そのうち4割が跛行、骨折などの運動器疾患です。次に多いのは打撲などといった外傷で全体の3割を占めます。疝痛などの消化器疾患の治療もありますが、その数は年間でおよそ200頭くらいです。
6. 馬の診療で特に気をつけていること、難しいと感じることは何ですか?
治療するのは1歳から2歳などの若い馬が多く、中には注射や検査された経験がない馬もたくさんいます。そういった獣医に触れ慣れていない馬に対しては、馬が診療に対して悪いイメージを持たないように慎重に接することを最大限に心がけています。そのため、十分すぎるくらいに時間をかけるケースもありますし、場合によってはストレスにならないよう必要最低限の処置で済ますこともあります。いずれにしても長い競走生活の中で馬が獣医師を、診療を嫌いにならないように気を付けています。
7. 忘れられない症例や経験があれば教えてください。
初めての当番の夜、重度の疝痛を患った馬の往診に呼び出されました。最初は鎮痛剤を投与して様子を見ていたのですが、痛みが治まらず、検査をしたうえで、現場では対応しきれないと判断し、施設が整っているNOSAI北海道の家畜高度医療センターに運ばなければならない症例でした。開腹手術を行い、馬はそのまま入院、私は日付が変わった明け方に診療所に帰ってきて、少し仮眠をとってから仕事と大変な一日でした。その馬は順調に回復していき、手術の影響でデビューが3歳になってしまいましたが、競馬で勝ってくれたのが忘れられない経験です。
8. この仕事の魅力・やりがいは何ですか?
まだキャリアの浅い自分は偉そうなことを言える立場ではありませんが、ここでの治療、処置が競走馬として生まれた馬たちにとって良い方向に働き、その後の競走キャリアに生かされれば嬉しいです。重賞競走を勝つような馬は、本当にひと握りですが、自分が治療に携わった馬がレースに出走してくれたときは嬉しいですし、活躍してくれたら大きなやりがいを感じると思います。今は、一人で何でも出来るようになるのが目標で、そのために多くの症例を診たいと思っています。
9. 都市部の動物病院勤務や公務員獣医師と比べて、特徴的だと思う点はありますか?
新卒で今の職場に就職したので、大動物しか経験がなく他の分野の獣医師に関して詳しいことは分からないですが、一つ言えるとすれば競走馬は経済動物という側面もあるので、犬猫などの愛玩動物とは治療するうえで考え方が少し違ってくると思います。また、自分よりも大きい動物を扱わなきゃいけないことや早朝・夜間の急患対応もしなければならないなど大変な面があることも事実です。ですが、治療していた馬が後に「無事にデビューできたよ」、「勝ったよ」など良い知らせが聞けると、大変さ以上のやりがいも感じられます。個人的な事を言わせてもらえば、この職場を選んで本当に良かったと思っています。
10. 生産牧場や育成牧場との連携で大切にしていることはありますか?
生き物を扱う仕事なので、互いに信頼がなければ診察、処置はできないと思います。普段からコミュニケーションを取ることもとても大切なことだと思いますし、注射ひとつ打つときでも、何か処置をする時にも馬にはもちろん声をかけますが、馬を持っていただいている方にも何を今からするか伝えると、処置に対して馬が反応しても対応しやすいと思っています。
11. 馬の獣医に興味がある学生に準備をしてほしいことや、馬の臨床に進む上で学生時代にやっておくとよいことは何ですか?
ひと口に馬の獣医師と言っても、繁殖牝馬、当歳馬、育成馬、競走馬あるいは乗用馬や引退馬など、それぞれのステージで病気は異なります。私の場合は日本にいる馬の多くが競走用馬であることを知り、育成馬または競走馬を診る道に進みたいと思ったので、今の職場を選びました。少しでも馬に興味がある方は、1度自分の目でそれぞれのステージの馬たちを診察している現場を見ておくことをお勧めします。
大学では馬について学ぶ機会があまりないため、インターンシップに参加するのがいいと思います。日本中央競馬会日高育成牧場では繁殖や育成について学べるスプリングキャンプやサマーキャンプ、競走馬総合研究所では馬の解剖から感染症など様々なことを学べるサマースクールを毎年開催しています。馬の知識が少なくても、馬に触れたことがない方でも参加しやすいプログラムになってますので少しでも興味があれば是非応募してみてください。
12. 実際にインターンや見学で生産地に来た学生に伝えたいことは?
私自身、乗馬を始めたことで馬に興味を持ったので、競馬の知識はほとんどありませんでしたが、なくても大丈夫だという事を伝えたいです。もちろんあるに越したことはないのでしょうが、なくても就職してから競馬の世界について学ぶ時間はたくさんありますし、自然に身についていくので、あまり気を負わずに就職先の一つとして考えてほしいです。
13. 就職先として生産地の診療施設を考えている学生に、最後に一言。
馬の獣医師になることを全く考えずに就職していく人がほとんどなのが現状だと思いますが、少しでも興味があれば選択肢の一つとして考えて欲しいです。未知の世界で不安を感じるかもしれませんが、まずは一度現場を見て欲しいです。様々なステージの馬たちを見ていくうちに思わぬところで惹かれるかもしれません。今は研修制度なども非常に充実していますので、ぜひ利用して欲しいと思います。