Voices from Veterinarians ①

先輩馬産地獣医師の声①

「動物を助けたい、治したいという気持ちを忘れずに、仕事を楽しんでほしい。」

佐藤正人さん

北海道農業共済 家畜高度医療センター勤務

酪農学園大学卒 1999年採用 二次診療

1. 現在の所属と業務内容について教えてください。

日高管内で、馬を中心とする家畜に対する二次診療施設を構えるNOSAI北海道(=北海道農業共済組合、本所・札幌市中央区)みなみ東部センター日高支所家畜高度医療センターで、統括診療所長を務めています。

牧場で往診をしてくれている獣医師の先生方による診察の結果、二次診療が必要とされる大動物(牛、馬)に対して治療を行っています。

2. サラブレッド生産地で働こうと思ったきっかけは何ですか?

当初は何が何でも大型動物を目指していたわけではありませんが、大学在籍中に色々な事を経験していく中で大動物に興味を持ちました。当時は広域合併前で地区ごとの採用ではなく北海道農業共済組合連合会で採用試験を行い各地域に配属される、という採用方法でした。

私が奉職したのはNOSAI日高という名称の組合で、本所は静内でしたが、浦河町に事業所のあった東部地区に配属されました。浦河では馬牧場、酪農、肉牛農家を対象に往診をしていましたが地域的に馬牧場が多かったので自然と馬に対する診療がメインでした。東部での在籍は4年半だったのでそれほど多くの1次診療を経験したわけではありませんが、サラブレッド、ホルスタイン、黒毛和牛と一通り経験できました。

3. 学生時代はどのようなことを意識して過ごしていましたか?

今から思えば父親が馬の獣医師だったということも、この道を目指すひとつのきっかけになったのかもしれません。ですが、最初から明確な方向性を持っていたわけではありませんでした。正直に申しますと大学時代は将来の自分の仕事に対する意識や熱意、志などは皆無でありました。大学では悪友達と夏はバイクでツーリング、冬は夜中までスノーボードなど北海道ならではの“良い”遊びを沢山しました。沢山遊んだことは社会人になってからの自分の人間形成や人間力を育てる一助にはなったと思います。ただ、大学の研究室は外科の教室を選んでいるので、臨床獣医師を目指そうという気持ちもあったのだと思います。

4. 1日のスケジュールはどのようになっていますか?

勤務時間は午前8時半から午後4時45分までで、週休2日制です。交代制の休日勤務もありますが、原則として振替休日が設けられているほか年末年始は休みとなります。

手術は午前9時から予定を入れることが多く、1日の件数については時期により大きく異なります。往診はしませんので、運ばれてくる馬などの診察と二次診療を伴う治療がメインの業務ですが、ここに運ばれてくる馬は一刻を争う症例も多く、深夜早朝問わず勤務時間外に対応するケースも多いです。

5. 生産地の獣医師として、どのような症例や業務が多いですか?

圧倒的に多いのは関節鏡を用いた離断性骨軟骨症(OCD)や腕節の骨片骨折に対する関節鏡手術で、年間1500例ほどの症例数の中で5分の1程度がこれにあたります。これらは一刻を争うものではありませんが、疝痛などは緊急を要します。疝痛馬における開腹手術は当歳馬の膀胱破裂や繁殖牝馬の子宮穿孔なども含めると年間150件以上であり、開腹手術症例の多さはこの診療所の特徴かもしれません。その他、喉頭形成術、肢軸異常、ボーンシスト、去勢などに加え、頚椎症における頸部X線撮影など生産地ならではの検査、治療も行います。

6. 馬の診療で特に気をつけていること、難しいと感じることは何ですか?

競走馬が経済動物である一方で単なる経済的価値だけではない判断基準も要する動物であるという事です。飼養している牧場やオーナーの意思をしっかりと把握し、どのような状況に馬を導いてあげることが良いのか、それを共有することが大事だと思います。飼養者、オーナー、獣医師はみんな馬を助けたいという気持ちは同じですが、ただ、それぞれの立場で考えや出来ることが異なる場合がありますので、意思の共有は大事だと考えています。経済的な価値は失った馬でもオーナーサイドの皆様の助けたいという希望があれば我々は可能な範囲で仕事をする必要が出ることもあります。

7. 忘れられない症例や経験があれば教えてください。

自分が担当した患畜の予後が思わしくなかった場合、もしほかの獣医師が担当していたらと思う事は数えきれないくらいにあります。ただ、それを自分の中でなかったことにしてしまったらダメだと思いますので、心の中に留めております。初めて執刀して救命できた開腹手術症例や重賞レースを勝ってくれた馬達の活躍は心の支えになっております。一方で、麻酔をかけたら悪性高熱症を発症してしまい救命できなかった馬については今でもよく記憶しております。自分の中で良い仕事が出来なかったケースでも牛や馬の生命力の強さに驚かされるケースも多いです。

8. この仕事の魅力・やりがいは何ですか?

ケガや病気をして運び込まれてきた馬を助けられたら嬉しい。シンプルですが、それに尽きると思います。

ふとした時に牧場の人から感謝の言葉をかけられることもあります。やはり、そういうのは嬉しいし、心に残ります。

9. 都市部の動物病院勤務や公務員獣医師と比べて、特徴的だと思う点はありますか?

都市部の動物病院は都市部ならではの苦労がたくさんあると思いますし、公務員獣医師もまた、同様だと思います。単純に比較できるものではないと思っていますが、強いて言えば、大型動物を扱うには体力も必要ですし、体全体でぶつかっていくという醍醐味は、大動物ならではの事だと思います。10年以上前、小動物の先生方も多くいる学会で牛と馬の難産に関する講演を行った際に「やっぱりダイナミックでカッコいいですね」と声をかけられたことを今でも覚えております。

 私は働き始めてからサーフィンを始めましたが、職場近くでこういった遊びが楽しめるのも都市部には無い良いところだと思います。

10. 生産牧場や育成牧場との連携で大切にしていることはありますか?

先ほども話に出ましたが、運び込まれる馬の所有者、飼養者の考え方、意思をしっかりと理解することだと思っていますので、普段から本音を言い合えるような関係性を築くことも大切だと思います。我々は毎日牧場に出入りするわけではありませんし、口でいうほど簡単ではありませんが(笑)。

11. 馬の獣医に興味がある学生に準備をしてほしいことや、馬の臨床に進む上で学生時代にやっておくとよいことは何ですか?

一生懸命に勉強している学生の方はたくさんいます。もちろん、それは獣医師の資格は国家資格なので悪い事ではないのですが、まずは現場に参加して欲しい。インターンシップや見学などを通して、臨床獣医師の仕事が楽しいという事を知って欲しいと思います。

また、社会に出るという事は多くの苦難や苦悩を伴います。物事、自分の思い通りに進まないことの方が多いかもしれません。そんな時に耐えうる精神力、人とのコミュニケーション能力などを養う努力をして欲しいと思います。結果的に自分を助けてくれる人、サポートしてくれる人との繋がりも自然発生してくると思います。

12. 実際にインターンや見学で生産地に来た学生に伝えたいことは?

今の日本全体に言える事かもしれないのですが、小さくまとまらないで欲しいと思います。表現に語弊があるかもしれないですが、仕事を楽しんで欲しいと思います。マニュアルは大事かもしれないですが、生き物を扱う仕事なので、それだけではないはず。そういった事を大切にして欲しいと思います。

こちらのセンターは完全参加型実習です。来たその日に外科手術の助手に入ることもありますし、獣医師達と一緒になって難産胎子の牽引をすることもあります。臨床現場の緊迫感や時に緩さも感じてもらえればうれしいです。

13. 就職先として生産地の診療施設を考えている学生に、最後に一言。

幸い、北海道農業共済組合には多くの方が扉を叩いてくれますが、他の組織でも個人開業獣医師でもそれぞれ良さや違いがあります。思っていた世界と違う、こんなはずじゃなかった、という事も多かれ少なかれあると思います。ですが、皆さんが獣医師を志した根底には動物を助けたい、治したいという気持ちがあったと思います。その気持ちをいつまでも忘れないで欲しいと思います。

取材時に来院した子馬の肢軸矯正に関する手術の様子

成長期整形外科疾患Developmental Orthopedic Disease (DOD) の一つである肢軸異常Angular Limb Deformity(ALD)を発症している子馬に対し、これを矯正する手術を実施。①歩様検査で左前肢がO脚状に曲がっているのを確認、②麻酔→成長を抑制したい側の成長版に、③裸子を挿入して、④麻酔が覚めたら起立を補助して終了。裸子は肢が真っ直ぐに伸びたら抜去します。このような肢軸異常は将来的な競走能力に悪影響を及ぼす可能性があるため、骨の成長板が残っているうちに矯正されるのが一般的です。