日本軽種馬協会
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生産者と共に歩んだ半世紀

 協会は、1955年9月に全国の軽種馬生産者が一致団結して「サラブレッド生産を民間の力で再び盛り上げ、競馬の繁栄に生産者の立場から貢献するという理念」のもとに発足しました。以来、その努力と情熱を原動力として、今日に至っています。

 種付けに供用されたサラブレッド種牡馬は、1946年の59頭から2010年には256頭に増加ました。種牡馬のレベルも上がり、凱旋門賞、イギリスダービー馬、アメリカ年度代表馬など世界を代表するレースで活躍した種牡馬が続々と導入され、協会種馬場の種牡馬からも数々の重賞ウィナーが輩出されています。また、サラブレッドの国内生産頭数は、1946年の221頭から2010年には7,464頭と飛躍的な伸びを見せて地域経済を支える産業として根付き、アメリカ、オーストラリア、アイルランド、アルゼンチンに次いで世界第5位の実績を誇っています。


国際舞台での活躍を目指す

 1971年の馬の輸入自由化、1981年の中央競馬におけるジャパンカップ創設などをきっかけとして、以降、国際化計画により日本の競馬は外国産馬に門戸が開放されてきました。1993年の安田記念を皮切りに国際競走も年々増加し、2000年に古馬の象徴的なレースである天皇賞、2001年に日本ダービー・菊花賞、2002年に皐月賞、2003年にオークス、2004年に桜花賞・2歳クラシックレースと外国産馬の出走が可能となりました。

 外国産馬への門戸開放と合わせて、競走能力も向上し、ジャパンカップでは、1984年にカツラギエースが優勝したのを皮切りに、2010年の30周年の記念開催までに日本産馬が16勝を収めて他国を圧倒しています。日本産馬・日本競馬の世界的な評価も向上し、2007年に競馬最上位国グループであるパート1国に昇格しました。2010年には、中央競馬が全平地レースを国際レースとし、グレードレースの全てが国際レベルのG表記となり、名実ともに競馬の国際化が定着しました。

 海外G1レースでは、シーキングザパール(モーリス・ド・ゲスト賞)、タイキシャトル(ジャック・ル・マロワ賞)、エルコンドルパサー(サンクルー大賞、凱旋門賞2着)、アグネスワールド(アベイユ・ド・ロンシャン賞、ジュライカップ)など多数の優勝馬を輩出しました。なかでも2001年12月に香港国際G1レースで、ステイゴールド(香港ヴァーズG1)、エイシンプレストン(香港マイルG1)、アグネスデジタル(香港カップG1)が3連勝し、世界に実力を強烈に印象づけました。更にエイシンプレストンは翌02年、03年とクイーンエリザベス二世カップを2連覇する活躍を見せました。

 その後、2005年にシーザリオがアメリカンオークス、ハットトリックが香港マイル、2006年にハーツクライがドバイ・シーマ・クラシック、デルタブルースがオーストラリア・メルボルンカップ、コスモバルクがエアラインズカップ、2007年にアドマイヤムーンがドバイデューティーフリー、シャドウゲイトがエアラインズカップを制覇、2010年にナカヤマフェスタが凱旋門賞で2着となるなど、年を追うごとに世界の舞台で日本産馬が活躍するようになりました。

 さらに、海外の馬主が国内せり市場において日本産馬を購買し、輸出後に現地で競走し優秀な成績を残すようになってきています。特にシンガポールの4歳3冠ボーナスを達成し、シンガポールの年度代表馬に選ばれたジョリーズシンジュやシンガポールゴールドカップ(G1)を制したエルドラドなどの戦績は、競馬界が「世界に通用する強い馬づくり」に傾けてきた努力の結実です。

 協会は、種々の事業を通じてこの輝かしい成果に貢献していると自負しており、更に「国際競争力をもつ資質の高い馬の生産育成」を進めていくことにより、半世紀を超える歴史に新しい歴史を書き加えようとしているのです。


イメージフォト

 1940年代
 1946年11月 社団法人サラブレッド協会設立
 1947年 北海道、東北、栃木、下総、九州各支部を設立
 1948年9月 軽種馬生産農業協同組合設立
 1949年5月 国有種牡馬を借受け種付実施
 1950年代
 1951年11月 米国からサラブレッド競走馬(明け3歳)をまとめて輸入
 1953年 英国から繁殖牝馬の輸入斡旋
 1955年9月 社団法人日本軽種馬協会設立
 1956年 家畜市場登録証の交付を受け、各地で2歳馬のせりを開催
 1960年代
 1962年11月 特別サラ系2歳馬のせりを中山競馬場で開催
 1963年 主要生産地に直営種馬場を設置
 1968年 種牡馬ハクチカラ、カネチカラをインド・マレーシアへ寄贈
 1970年代
 1970年2月 軽種馬貿易自由化対策委員会を設置
 1971年6月 活馬の輸入自由化が実施される
 1972年 日本軽種馬協会会報(のちに日本軽種馬生産情報と改称)第1号発刊
 1973年 軽種馬生産統計を発刊(以後毎年継続)
 1975年11月 創立20周年記念式典を挙行
 1977年 生産調整について緊急理事会を開催、生産調整を実施
 1977年11月 外国産馬の出走規制緩和に対応し、外国産馬対策委員会を設置
 1978年12月 JRAによる生産者団体表彰制度が発足
 1979年6月 サラ系2歳馬特別市場が日高軽種馬農業協同組合主催で静内市場で初めて開催
 1979年10月 日高地区サラブレッド当歳馬せり市場でテスコボーイの牡駒が市場最高値の1億8500万円をつける
 1980年代
 1980年5月 馬伝染性子宮炎が日本でも発生。種付を一時中止する
 1980年5月 英国サラブレッド生産者協会に加入
 1981年2月 馬事振興研究会の答申出る
 1981年11月 国際招待レース"ジャパンカップ"が創設される
 1983年 軽種馬生産振興対策協議会の答申出る。対応策を策定
 1984年5月 日高で初のサラブレッド選抜春市場が静内市場で開催される
 1985年7月 静内町に新北海道市場施設が完成。本協会主催でせり市場を開催
 1985年10月 軽種馬経営改善資金融資助成事業を実施
 1985年11月 創立30周年記念式典を挙行
 1986年8月 静内・北海道市場内敷地に「競走馬のふるさと北海道案内所」設置
 1986年10月 北海道サラ当歳市場でカツラギエースの異父弟が2億6500万円のレコード価格で取引
 1988年 軽種馬改良情報システムがスタート
 1988年 国際生産者会議で日本の閉鎖性に批判
 1989年8月 北海道サラ2歳市場でトウショウボーイの牡駒が3億6050万円の史上最高価格で取引
 1990年代
 1990年4月 静内種馬場を静内町田原に移転。種付事業とともに研修事業を開始
 1990年7月 サラブレッド生産頭数がついに1万頭を突破
 1991年12月 九州種馬場を大崎町野方に移転
 1992年10月 JRAと外国産馬出走制限緩和案で妥結
 1992年12月 本部事務所を港区新橋に移転
 1994年4月 『軽種馬生産情報』を冊子型に体裁を改め、名称も『JBBA NEWS‐通称JNジェイエヌ』と改め、4月号より本協会の機関誌として発行開始
 1995年11月 創立40周年記念式典を挙行
 1997年5月 プレミア「3歳トレーニングセール」(札幌競馬場)開催
 1997年5月 JAひだか東「ひだかトレーニングセール」(JRA日高育成牧場)開催
 1997年7月 北海道市場で離乳前の当歳市場を初めて開催(7月特別市場)
 1997年8月 ロドリゴデトリアーノ(USA)、ニュージーランドへ出発(本協会種牡馬初のシャトルスタリオン)
 1998年4月 JBBAホームページ開設
 1998年4月 北海道4月3歳トレーニングセール開催(北海道市場の主催が14年ぶりに日高軽農協に)
 1998年7月 競走馬協会主催、初のセレクトセール開催(ノーザンホースパーク)
 1999年 JBBA種牡馬オペラハウス(GB)産駒、テイエムオペラオーJRA最優秀4歳牡馬
 1999年10月 JBISセンターを江東区から港区アーバン新橋ビルに移転
 2000年代
 2000年 JBBA種牡馬オペラハウス(GB)産駒、テイエムオペラオーJRA年度代表馬・最優秀5歳以上牡馬受賞
 2000年 JBBA種牡馬ダンシングブレーヴ(USA)産駒、テイエムオーシャンJRA最優秀3歳牝馬受賞
 2000年 JBBA種牡馬ルション(USA)産駒、インテリパワー(川崎)NAR最優秀サラ系4歳以上受賞
 2000年12月 JBBA種牡馬オペラハウス(GB)産駒、テイエムオペラオー有馬記念を制す
 2001年 JBBA種牡馬ダンシングブレーヴ(USA)産駒、テイエムオーシャンJRA最優秀3歳牝馬受賞(※平成13年から満年齢表示に変更:2年連続の受賞)
 2002年12月 競走馬のふるさと案内所ホームページを開設
 2003年4月 日本が国際生産者会議のフルメンバー国として承認される(イギリス・ニューマーケット)
 2003年5月 千葉トレーニングセール開催
 2003年8月 台風10号被災者(日高西部・胆振東部)見舞い及び災害視察
 2004年2月 山中会長死去
 2004年4月 九州トレーニングセール開催
 2004年6月 海外調査馬韓国へ輸出 ソウル馬主協会(6頭)、果川馬主クラブ(5頭)
 2005年4月 青森以南の各支部を合併し、東北・関東・九州の3支部体制とする
 2005年9月 創立50周年記念式典を挙行
 2005年11月 生産地の北海道日高で50周年を祝う会を開催
 2005年12月 JBBA種牡馬デヒア(USA)を、クールモア所有のストラヴィンスキー(USA)と交換
 2006年 JBBA種牡馬オペラハウス(GB)産駒,メイショウサムソン
皐月賞,ダービーの2冠を制し,JRA最優秀3歳牡馬受賞
 2006年1月 シンガポールの競馬事情調査及び日本産馬プロモーション実施
 2006年2月 生産情報部発足
 2006年5月 国際生産者会議を初めて日本で開催
正会員13か国,オブザーバー3か国が出席
 2006年7月 シンガポールターフクラブへの調査馬(10頭)を輸出
 2007年 JBBA種牡馬オペラハウス(GB)産駒,メイショウサムソン
天皇賞春秋連覇を達成し,JRA賞特別賞を受賞
 2007年6月 軽種馬生産技術総合研修センターを開所
 2007年8月 下総種馬場での種馬業務を中止
 2008年7月 前川顧問旭日双光章叙勲祝賀会を開催
 2008年12月 鹿児島大学農学部構内に南九州軽種馬医療センターを設置・寄贈
 2008年12月 アルデバラン(USA)導入
 2009年2月 シンガポールMRA賞授与式に出席
 2009年7月 韓国ソウル競馬場向け調査馬を輸出
 2010年1月 ヨハネスブルグ(USA)導入
 2010年2月 シンガポールMRA賞授与式に出席
 2010年5月 宮崎県で発生した口蹄疫防疫業務に職員を派遣
 2010年7月 牧場で働こうフェアin東京競馬場を共催
 2010年10月 韓国釜山競馬場、日本産馬限定競走表彰式に出席
 2010年10月 JBBA種牡馬バゴ(FR)産駒ビックウィークが菊花賞を制す
 2011年1月 エンパイアメーカー(USA)導入
 2011年3月 支部組織を廃止
 2011年4月 東日本大震災に対する義援金100万円を日本赤十字社に寄付
 2011年8月 「夏休み牧場で働こう体験会」を共催
 2011年9月 「荒尾競馬廃止」に伴う九州産馬限定競走の存続について要望書提出(JRA,佐賀競馬組合)
 2011年10月 HORFA上海・中国国際馬博覧会出展
 2011年12月 日中馬産業協力交流会及び日中馬産業協力覚書調印式出席
 2012年1月 公益社団法人日本軽種馬協会に移行